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はんどめいどライフ

小さな手づくり(ハンドメイド)でオリジナル・ファン・ライフを創ります☆

私に何が起こった?大好きな布・毛糸たちのはずが???

こんにちは。

先日のエントリーのラストで少しだけ書いた

ショックなことについてお話します。

 

「ショックなこと」と書くと大げさなのですが

私にとっては すごくびっくりすることだったんですね。

 

何が起こったかと言うと・・・

 

というのをお話しする前に 普段の私と布のことを

話そうかしら。

そのほうがわかりやすいかもしれない。

 

私は押入れの衣装ケースいっぱいに布をたくさん詰め込んでいて

それでも入らないものがあって、別の押入れも占領している

状態だったのね。

 

で、みんな安い値段で買ったものばかりなの。

オークションで 5メートル1000円とか

市内の手芸屋さんで 「ハギレ半額」で手に入れたものとか

日暮里の生地屋さんのワゴンに入っていたものとか。

 

毛糸もそうかな。

 

でも、それぞれに思いいれがあって

「この生地で○○を作ろう」と考えて買ってるから

今年に入ってから 本や服を大量に処分しているに関わらず

布や毛糸たちは手を付けていなかった。

 

さらに言うと。

3.11の時に 自分の死を考えたときに まっさきに思いついたのが

この布・毛糸たちで。

「この子たちを形にするまでは 死ねない」と

思い浮かんだのね。

 

たかが趣味の毛糸や布たちを 生死と並べるな!と怒られそうだけど

自分でも そう思うんだけど、

ふと 出てきた思い(直感っていうのかな)がそうだったので

これは 自分の結構譲れないところなんじゃないかと思っていた。

 

で、他のものの片付けはどんどん進むのに

布や毛糸たちは手付かずでどうしようかな、と

常に思ってはいたのだけれども

感情を押し切って無理に敢行すれば、リバウンドという反撃がやってくる

というのは自分でもよくわかっていたのね。

過去に経験済みだから。笑。

自分でも 時が来るのを待つしかないとは思っていた。

 

処分もできないものは、使うしかないよね。

だから。私の頭の中では 布の使い道を考えることが

常だった。

ジョイフルで買った会津の布で トップスを作ってみようかな。

でも、会津の布は用尺が足らないから

別の布で切り替えを作ろうかな。

あの着物のハギレはどうかな、というように。

 

あの時もそうで。

Tシャツのリメイクが終わって、でも、また主人のお古のTシャツがあったから

フレンチスリーブス型紙を作って当ててみたんだった。

そしたら、Tシャツが思いのほかよれよれで、

ショックを受けたんだよね。

それで、じゃあ、別の布で作ろう、と布の入っている

引き出しを開けたら、びっくり。

それまで 宝の山だと思っていた布たちが

みんな すごく古臭く見えたんだ。

「どうして こんなに使えないものを 取っておいたんだろう!」

 

すごく ショックで 床にへたり込んでしまった。

 

あんまり疲れたから何もできなくて

床に広げた布も リビングのテーブルに出したミシンもそのままで

寝室に直行した。

起きたらお腹がすいていたので 夕食を作って お風呂の準備もして。

夕食を食べた後に 布と格闘

大部分の「いらない布」たちを 選別した。

 

この「処分」は結局ゴミ袋5袋にもなり

この間の燃えるゴミの日にお別れした。

 

 

ここ何年か 「手作り品を売ってみたい」「手作りで人様のお役に立ちたい」

という気持ちが高まり、手作り市や販売にも手を出していた。

その時に買った布たちも随分「処分布」に 選別。

「喜んでもらおう」と思って始めたけど

自分の中では「なんだか違う」「気持ちがずれている」気がしていた。

奉仕の気持ちって尊いけど 私のはなんだか違う気がしていたんだ。

自分の足りないところをそれで 埋めてもらいたかったのかもしれないね。

ここ何ヶ月かで 「違う」を薄々自覚してきたから

さっと 選別できたんだ。

 

 

こうして書いてみると、きっかけはリメイクで

使おうと思っていたTシャツがよれよれだったことなんだよね。

別に それは 悪いことではなく、

主人がよれよれになるまで着てくれたんだからそれでよくて。

そのまま 切ってウェス行きにすればいいだけの話なんだけど

一度起こった波が収まらず  波は煽られたかのように嵐を起こして

台風のようにぐるぐると それ以外の布や毛糸にも波及して

一気に「自分の中で古くなった材料たち」を片付けてしまったんだ。

 

でもね。

押入れに溜め込んでいた布たちは 古臭い気がして

今の私に合うものじゃないって思ったのに

この間作った リメイクタンクトップやリメイクTシャツたちは

そんな風に思えないんだ。

今も 快適に使ってる。

 

だから

私の中の「古臭い」感覚は

きっと モノの表面的な古さや新しさ、ではない。きっと。

 

 

 

 

布や毛糸は腐らないから

買い置きしておけば使えるって思ったけど

私が変わってしまって

使えなくなってしまった。

 

そうなんだ、ね。

 

私が 変わっちゃったんだね。

こういうことって あるんだね。

 

 

結局 残したのは6分の1ぐらいかな。

 

それでも、カタチにするのには

時間がかかるんだろうな。

 

 

モノって もっているだけで

家賃(お金)もかかるし 手間、暇かかるし

私の思考も占領する。

 

 

思えば 今年の春先に

不要なものの処分をちまちまと始めた。

最初は 少しずつだったのに

そのうち、食品の買い物の仕方も少しずつ

変わってきた。

たくさんものを買ってしまうと

下準備や仕舞う場所にも困るので(冷蔵庫に入らない!)

少しずつになった。

 

少しずつでも困っていない自分にびっくりした。

逆に、冷蔵庫や食品庫に隙間があるほうが

気持ちが楽だし、持っているものを見渡せるので

計画が立てやすくなった。

 

食費も少しずつ減っていって

これだけでも 暮らせるんだ!ということに

驚いている。

 

なんだ、たくさん買わなくても

私 困ってない。

満足で幸せでいられる。

 

そんな当たり前の満足感が

私を変えてしまったのかもしれない。

手放せないと思っていたもの

(もしかしたら私の気持ちかも)を

古くさせ お別れさせてくれたのかもしれない。

 

 

 

図書館の棚をブラウジングしていると

モノを減らす、みたいな主題ってよく見かける。

(下は図書館で見た本たちではないけれど

気になる本の表紙をピックアップしてみたよ☆)

 

 

 

最近は 「ミニマリスト」なんて言葉もあるしね。

 

 

たくさんの(必要だと思っている)モノが

重荷だと思っている人は たくさんいるかもしれない。

 

私も自分のこだわりになっている

布や毛糸を捨てると思わなかったもの。

 

 

ああ、びっくりした。

 

 

 

 

 

書こうと思っていたことが

もうひとつあったのですが

長くなってしまったので

2つに分けます。

 

 

次のは 普通に 手作り記事です☆

 

長くなってしまった!

読んでくださって 感謝☆

 

 

 

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